特別寄稿/AI時代のセキュリティ戦略:トライコーダ上野宣氏が語る、攻撃と防御の最前線【後編】

Share
上野宣氏

生成AIの進化により、サイバー攻撃と防御の双方でAI活用が加速する現代。前編では、AIがもたらす脅威の変化と、企業が直面する新たなリスク構造について、上野 宣氏に解説いただきました。

後編では、こうした環境変化を踏まえ、企業はどのようにセキュリティ戦略を再構築すべきか、その具体的な方向性と実践のポイントについて掘り下げます。

前編「AIが変える攻撃の現状と、防御側AI活用のリアル」はこちら


AI時代に増えるリスクと、経営が取るべきアクション

企業が直面するAIセキュリティリスク

AIを活用する企業は、攻撃の標的になるだけでなく、自社が導入したAIがリスクの起点になる可能性も抱えます。ここで重要なのは、「AIを守る」という視点です。 AIは、データアクセスを統合し、業務フローに深く入り込みます。言い換えると、AIは便利なツールであると同時に、新たなリスクになり得ます。

以下では、AI活用が進む現場で起きやすいリスクを、実務の観点で整理します。

生成AI利用による情報漏えい・シャドーAI

現場が便利さを優先して、個人アカウントの生成AIに機密情報を入力してしまう、いわゆるシャドーAIは、シャドーITと同じ構図で広がります。入力データの扱い(学習に使われるのか、保存されるのか)、ログに残るのか、社外に送信されるのか。利用ルールと技術的な制御がないと、情報資産の漏えいに繋がる可能性があります。

対策は利用を禁止することではありません。ほとんどの従業員は悪意を持ってシャドーAIをするわけではなく、ビジネスに活用しようとしているだけです。現場の生産性要求は止められないからこそ、次のような使えるガードレールが必要です。

  • 会社が認めるAI利用チャネル(法人契約、社内AI、承認済みツール)を用意する
  • 機密分類に応じて「入力禁止」「要マスキング」「要承認」などを定義する
  • DLP、プロキシ、CASB等で、持ち出し・入力を技術的に抑止する(可能な範囲で)
  • 利用ログを残し、例外管理を行う

プロンプトインジェクション/RAG汚染:AIアプリ特有の攻撃面

社内ナレッジ検索(RAG)やAIチャットボットを業務に組み込むと、従来のWeb脆弱性とは別の攻撃面が生まれます。

  • プロンプトインジェクション:悪意ある指示でAIの挙動を変え、機密を引き出す
  • RAG汚染:参照ドキュメントに誘導文を仕込み、誤誘導・情報漏えいを誘発
  • 権限モデルの破綻:AIが見えてはいけない情報を横断的に回答してしまう
  • ツール連携の悪用:AIに「メール送信」「DB更新」「ワークフロー実行」などを許すと、誤操作や悪用の影響範囲が一気に広がる

こうしたリスクは、アプリの仕様・権限・データ設計の問題として現れるため、情シス・開発・セキュリティが一体で設計し直す必要があります。

学習データ汚染・モデル改ざん・信頼できない出力

モデルそのもの、あるいは学習・評価・運用のパイプラインが攻撃されると、判断の信頼性が崩れます。たとえば、学習データやナレッジに悪意ある情報が混ざる、モデルの設定が変えられる、評価(テスト)が形骸化する。こうした問題は、結果として「AIが間違った結論を自信満々に出す」形で表面化します。業務に組み込むほど、誤りは事故になります。

  • 重要業務ほど根拠(参照元)を提示できる設計が必要
  • 出力の正しさを検証できない領域では人の確認を前提にする
  • 仕様変更・データ更新・モデル更新は変更管理(レビュー、承認、ロールバック)に乗せる

モデル盗難・データ推定・API悪用

外部APIや自社モデルを提供する側になると、今度は「モデルを盗まれる」「APIを乱用される」「出力から学習データが推定される」といった論点が生まれます。ここでは、認証・認可、レート制限、監査ログ、鍵管理、テナント分離など、従来のAPIセキュリティの要諦がそのまま効いてきます。

ガバナンス・法令・説明責任

AIは出力が意思決定に影響するため、誤りがビジネス事故に直結します。個人情報・機密情報・著作権・差別・説明責任など、論点は多岐にわたります。

AIの利用に関する法規制も急速に整備されつつあり、2024年8月にはEUでArtificial Intelligence Act(欧州AI規制法)が施行されました。違反時の罰則は最大で全世界年間売上高の7%または3,500ユーロと非常に厳しいものです。

海外取引がある企業であるほど、規制動向を踏まえたガバナンスが必要になります。重要なのは、法令対応を法務任せにせず、セキュリティと一体で運用設計に落とすことです。

経営層・CISOが取るべきアクション:AIセキュリティを“経営課題”にする

AI時代のセキュリティ戦略は、現場の頑張りだけでは成立しません。経営が意思決定すべきポイントは、概ね次の3つに分けられます。

方針(何を守り、どこまで許容するか)

  • AIの利用目的と禁止事項を明文化(機密分類と紐付ける)
  • 人が最終責任を持つ領域を定義(例:与信、採用、重要判断、法的判断)
  • 委託・SaaS・外部APIの利用条件(データの持ち出し、学習利用、ログ保管、保存期間)
  • 例外申請の道を用意し、現場がこっそり使う状況を減らす

体制(誰が意思決定し、運用を回すか)

  • AIガバナンス(責任者・審査プロセス・例外管理)の設置
  • CISO/CSIRT/SOCとAI開発・運用の接続(棚卸し・脅威モデリング・運用手順)
  • インシデント対応計画の更新(AI由来の誤回答、漏えい、改ざん、なりすましを含める)
  • 監査・品質・法務・広報も巻き込み、事故時の説明責任を担保する

実装(どう測り、どう改善するか)

  • AIアプリのセキュリティ評価(権限設計、ログ、監査、耐プロンプト攻撃、データ境界)
  • 継続的なテストと監視(レッドチーミング、監視指標、評価データ更新)
  • 教育の刷新(AI時代のフィッシングやディープフェイクを含む訓練)
  • サードパーティ評価(ベンダーのデータ取り扱い、透明性、監査可能性)

ここで、経営層・CISOが最初の一手として取り組みやすいのが、「AI利用の棚卸し」です。「誰が、どのAIを、何の業務で、どんなデータを扱っているか」を把握できない限り、リスク評価も投資判断もできません。

棚卸しの結果をもとに、次のような優先順位付けを行います。

  • 高優先:機密データ×外部AI×自動実行(ツール連携)
    事故時の影響が大きく、設計変更が必要になりやすい領域
  • 中優先:社内AI×業務支援(要約・検索)
    ルールと権限、ログ、監査で事故を起こしにくい設計にする
  • 低優先:公開情報×個人利用(学習目的)
    教育・ガイドライン中心でコントロールする

「AI導入=生産性向上」の議論は進みやすい一方で、「AI導入=新しいリスクの導入」という議論は後回しになりがちです。だからこそ、経営とCISOが同じテーブルで、“AIで守る”と“AIを守る”を同時に設計することが、競争力に直結します。

CISO/経営が迷わないための90日ロードマップ

AIセキュリティはやることが多く見えますが、最初から完璧を目指すと止まります。ここでは、取り掛かりやすく、成果が見えやすい90日プランを例示します。

  • 0〜30日:現状把握とルール整備(止血)
    • AI利用の棚卸し(部署・用途・データ種類・外部/社内)
    • 重要データの分類と、AI入力可否ルール(暫定版でもよい)
    • 決裁・送金・機密共有の“なりすまし耐性”点検(電話確認、二要素、手順の固定化)
  • 31〜60日:AIアプリの設計レビューと運用の接続(再発防止)
    • RAG/チャットボット等の権限設計レビュー(最小権限、データ境界、回答制御)
    • 監査ログ設計(入力・参照・出力・実行の記録)
    • SOC/CSIRTがAI起因の事故を扱えるよう、手順と訓練シナリオを更新
  • 61〜90日:継続改善の仕組み化
    • 定期評価(レッドチーミング/診断/演習)の計画化
    • KPIの設定(例:棚卸しカバー率、AI入力ルール遵守率、初動時間、復旧時間)
    • ベンダー・委託先に対する要求事項(データ取扱い、監査、透明性)のテンプレ化

AIは導入のスピードが速い分、暫定のガードレールを早く敷き、走りながら改善する発想が現実的です。

技術責任者向け AIアプリを“事故らせない”ための設計ポイント

CTO/開発責任者の立場では、「AIを入れるかどうか」より「AIをどう組み込むか」が勝負になります。特に事故を起こしやすい論点は、次の5つです。

  1. 権限とデータ境界:AIの回答が横断参照にならないよう、検索・参照段階でアクセス制御する
  2. 根拠提示:可能な限り参照元(文書ID、URL、更新日時)を出し、検証可能性を担保する
  3. 入力と出力の制御:機密らしき文字列のマスキング、出力フィルタ、禁止操作の明確化
  4. ツール連携の安全化:実行系は二重確認・最小権限・レート制限・停止スイッチを前提にする
  5. 監査ログと再現性:入力・参照・出力・実行を記録し、事故時に再現できるようにする

便利さは機能追加で得られますが、信頼性は設計でしか得られません。AIを業務に組み込むほど、セキュリティは後付けでは間に合わなくなります。

次の5年で起きること、起きないこと

今後数年で見えているのは、次の潮流です。

  • 攻撃の自動化はさらに進む:偵察から侵入、横展開まで“部分最適”が積み上がる
  • 防御は「検知」から「耐性設計」へ:侵入前提で、権限・ネットワーク・データの分離を徹底する
  • AIセキュリティが専門領域として独立:従来のAppSec/CloudSecに、AI特有の評価観点が加わる
  • 規制・顧客要求が増える:説明責任、監査、データ管理が調達条件になる
  • 人材の取り合いが起きる:AI×セキュリティ×事業の三領域を理解する人材が不足する

AI関連のセキュリティは、単一の製品カテゴリに収束しにくい領域です。LLMの挙動評価、プロンプト攻撃耐性、データ境界、監査ログ、運用プロセスなど論点が横断的だからです。そのため今後は、ツール導入に加えて、第三者による評価(診断・レビュー・レッドチーミング)と、運用を回す支援(監視・手順整備)がセットで求められる場面が増えていくでしょう。

一方で、変わらないものもあります。資産管理、脆弱性管理、特権管理、バックアップ、監視、訓練などのいわゆる基本は、AI時代でも依然として高い効果を示します。AIがさまざまな能力を拡張してくれる機能を提供するため、基本が弱い組織ほど被害も増幅されます。

まとめ:これからのセキュリティに携わる人へ

攻撃も防御もAI時代に突入し、企業は「AIで守る」だけでなく「AIを守る」視点を持つことが不可欠になりました。重要なのは、AIを恐れることでも、AIに依存することでもありません。現場の運用と、経営の意思決定をつなぎ、継続的に改善できる仕組みを作ることです。

そして、これからセキュリティ業界に携わりたい人、すでに現場で経験を積みステップアップしたい人に伝えたいのは、AIが広がるほど「基礎」が価値を増すという事実です。 攻撃者がAIで効率化するほど、守る側には、設計・運用・検証の地味な力が求められます。AIは学習すれば追いつけますが、現場の勘所である何を優先し、どこに投資し、どう回すかは、積み上げでしか身につきません。

最後に、AI時代のセキュリティを一言で表すなら、「スピードの時代」です。攻撃のスピードが上がる以上、防御も“検知してから考える”では遅れます。 平時からの設計(境界・権限・ログ)と、迷わず動ける手順(初動・連絡・隔離・復旧)が、被害の差になります。AIはそれを加速してくれる道具にも、穴を広げる要因にもなります。だからこそ、今このタイミングで戦略を更新する価値があります。

付録:企業が「今すぐ」着手できるチェックリスト

AI利用の棚卸し(ガバナンスの入口)

  • 生成AIの利用実態(シャドーAI)を把握できているか
  • どの部署が、どのAI(外部/社内)を、どの業務に使っているか一覧化できているか
  • 取り扱うデータ(機密/個人情報/顧客情報/ソースコード等)を分類できているか
  • 外部AIに投入するデータのマスキング・匿名化・要約など、代替手段を用意しているか

AIアプリ(RAG/チャットボット等)の設計・運用

  • 権限(誰が何にアクセスできるか)をAIの回答レベルまで落とし込めているか
  • 参照データの取り込み経路は管理され、改ざん検知やレビューがあるか
  • 監査ログ(誰が何を聞き、何を参照し、何を出力したか)を残せているか
  • ツール連携(実行系)を許す場合、二重確認・最小権限・停止スイッチがあるか

AI時代の“人”への対策

  • フィッシング訓練はAI時代(自然文・音声・偽装)に合わせて更新したか
  • なりすまし対策(決裁・送金・機密共有の手順)を見直したか
  • インシデント対応訓練で「深夜の役員なりすまし」「AIの誤回答による事故」などを扱っているか

ブロードバンドセキュリティからのご案内

AI活用が進むほど、攻撃面は「システム」だけでなく「データ」「運用」「人」に広がります。まずは現状の棚卸しと、優先順位付けが重要です。ブロードバンドセキュリティ(BBSec)では、脆弱性診断(Web/アプリ/クラウド)に加え、運用設計・監視・セキュリティ運用支援まで、状況に合わせてワンストップでご支援可能です。必要に応じて、AI導入・AIアプリ運用に伴うリスクの洗い出しや、運用プロセスの整備もご相談いただけます。


―END―
【前編】「AIが変える攻撃の現状と、防御側AI活用のリアル」はこちら


執筆:上野 宣 氏
株式会社トライコーダ代表取締役
奈良先端科学技術大学院大学で山口英教授のもと情報セキュリティを専攻、2006年にサイバーセキュリティ専門会社の株式会社トライコーダを設立。2019年より株式会社Flatt Security、2022年よりグローバルセキュリティエキスパート株式会社、2025年より株式会社ブロードバンドセキュリティの社外取締役を務める。あわせて、OWASP Japan代表、一般社団法人セキュリティ・キャンプ協議会理事、NICT CYDER推進委員などを歴任し、教育・人材育成分野にも尽力。情報経営イノベーション専門職大学(iU)客員教員。

編集責任:木下・彦坂

スペシャル記事 TOPに戻る
バックナンバー TOPに戻る


年二回発行されるセキュリティトレンドの詳細レポート。BBSecで行われた診断の統計データも掲載。

サービスに関する疑問や質問はこちらからお気軽にお問合せください。


Security Serviceへのリンクバナー画像
BBSecコーポレートサイトへのリンクバナー画像
セキュリティ緊急対応のバナー画像
ウェビナーアーカイブ動画ページバナー画像

特別寄稿/AI時代のセキュリティ戦略:上野宣氏が語る、攻撃と防御の最前線【前編】

Share
上野宣氏

生成AIの急速な進化は、私たちの業務やビジネスの在り方だけでなく、サイバーセキュリティの常識そのものを塗り替えつつあります。攻撃者によるAI活用が高度化・自動化を加速させる一方で、防御側もまたAIを駆使した新たな対策を模索する時代に突入しました。攻撃と防御の双方でAI化が進むなか、企業はこれまでの延長線上にある対策だけで十分と言えるのでしょうか。いま、セキュリティ戦略そのものの再定義が求められています。

本記事では、現ブロードバンドセキュリティ(BBSec)およびグローバルセキュリティエキスパート株式会社の社外取締役、そして長年にわたりサイバーセキュリティ分野を牽引してきた上野 宣氏に、AIとセキュリティを取り巻く最新動向、企業が直面する課題、そしてこれからの時代に求められる戦略の方向性について伺います。

後編「AI時代に増えるリスクと、経営が取るべきアクション」はこちら


AIが変える攻撃の現状と、防御側AI活用のリアル

生成AI(LLM)の普及によって、サイバー攻撃のコストが劇的に低下しています。フィッシング文面の作成、標的企業の調査、マルウェアの作成、侵入後の横展開など、これまで人手と経験を必要としていた工程が、現在では半自動化されつつあります。犯罪ビジネスとして収益最大化を狙う攻撃者にとって重要なのは「時間を掛けて大物を狙うこと」ではなく、「いかに効率的に稼げるか」です。その結果、防御側には「特定の攻撃を止める」だけではなく「被害を最小化し、迅速に復旧する」という視点がこれまで以上に求められています。一方、防御側も、EDR/XDRやログ分析の高度化、セキュリティ運用(SOC/CSIRT)の自動化など、AIを取り入れた対策が急速に進んでいます。

また、独立行政法人情報処理推進機構(IPA)が2026年1月29日に公開した「情報セキュリティ10大脅威 2026 [組織編]」では、「AIの利用をめぐるサイバーリスク」が初めて3位に選出されました。

攻撃と防御の双方でAI化が進む現在、企業のセキュリティ戦略はどう変わるべきなのでしょうか。本稿では、攻撃者の視点で侵入を行うペネトレーションテストの経験を踏まえ、AI時代のセキュリティ最前線を整理し、現場と経営の双方が「明日から動ける」論点を提示します。

AIが変えるサイバー攻撃の現状

攻撃者は「巧妙さ」よりも「スケール」と「成功確率」を取りに来る

AIがもたらした本質的な変化は、攻撃手法そのものの高度化ではありません。最大の変化は攻撃のスケール(量)と、標的に適した攻撃手法を選択できる確率が大きく向上した点にあります。

  • フィッシング/ビジネスメール詐欺(BEC)の高精度化
    役職や業務内容、業界用語に合わせた文面、自然な敬語表現、過去メールの文体模倣、会話の継続まで、生成AIが支援することができます。結果として「日本語が不自然」「誤字が多い」といった従来の判別ポイントが機能しなくなっています。さらに、メールに限らず、チャット(Teams/Slackなど)やSMS、SNSのDM、ビデオ会議(Zoom/Teamsなど)など複数チャネルを横断した心理的誘導も増えています。
  • ディープフェイク(音声・映像)によるなりすまし
    役員の音声を模した緊急指示など、本人になりすましたリアルタイムの会話を通じた詐欺など、人の心理を突く攻撃が進化しています。特に決裁フローが「口頭承認」「チャットでOK」で通る組織ほど影響が大きくなります。
    2024年初頭には、香港でCFOをディープフェイクで偽装し、ビデオ会議を通じて2,500万米ドル(約38億円)を詐取した事件が報じられました。従来、本人確認は「見て・聞いて・確認する」という感覚に依存していましたが、その前提自体が崩れています。

[CFO(最高財務責任者)になりすまして2500万米ドルを送金させたディープフェイク技術 |トレンドマイクロ](https://www.trendmicro.com/ja_jp/research/24/c/deepfake-video-calls.html)

  • マルウェアの派生と検知回避の高速化
    既存コードの改変、難読化、検知回避の試行錯誤を短時間で回せるため、シグネチャ依存の検知は追随が難しくなります。加えて、侵入後の活動(権限昇格、横展開、永続化)に必要なコマンドや手順を考えるコストが下がり、攻撃者の習熟速度が上がります。
  • 偵察(Recon)と脆弱性悪用の自動化
    公開情報(OSINT)の収集、サブドメイン列挙、設定不備の探索、既知脆弱性(CVE)の当たり付けなど、攻撃の前工程が加速します。攻撃者は「露出している資産」「更新されていないミドルウェア」「放置された管理画面」のような守りの穴をAIで素早く見つけ、手当たり次第に試行します。
  • 生成AIによるコード生成とその限界
    生成AIは攻撃コードのたたき台(PoC)や、攻撃後の痕跡隠し(ログ削除や設定変更)の手順を提案することができます。攻撃者が高速に試行錯誤を行うことができるようになりました。ただし、生成物は常に正しいとは限らず、環境依存のミスも多くあります。AIは攻撃を容易にしますが、万能ではありません。

2024年5月にはIT分野の専門知識を持たない人物が、生成AIを悪用してランサムウェアを作成し逮捕されたという国内事案も起きています。従来は一定の技術力が必要だった領域でしたが、AIが参入障壁を引き下げています。
[生成AI悪用しウイルス作成、有罪判決…IT知識なくとも「1か月ぐらいで簡単に作れた」 | 読売新聞](https://www.yomiuri.co.jp/national/20241025-OYT1T50209/)

AIは攻撃者にとって新しい武器というより、「既存の攻撃を、安く、速く、個別最適化して量産する装置」として機能しています。

守る側が見落としがちな本質的脅威:攻撃者の「工数」ではなく「意思決定」が変わる

AIで工数が下がると、攻撃者の意思決定が変わります。たとえば以前なら「ROI(投資利益率)が合わない」と見送られていた中堅企業や子会社、地方拠点も、数を打つ前提で標的に入りやすくなります。また、ランサムウェアのように侵入後に人が関与する攻撃でも、初期侵入の候補が増えるだけで全体の被害母数は増えます。

企業は「自社は狙われない」ではなく、狙われる前提で、侵入しにくく・侵入されても広がらない設計に投資する必要があります。

一方で、AI攻撃にも限界があります。生成物の誤り、環境依存、権限・ネットワーク制約など、現実の侵入は地味な制約だらけです。 だからこそ防御側は、AIを過度に恐れるよりも、AIによって「攻撃の頻度と質が上がる」前提で、基本対策を徹底しつつ、運用を強化することが重要になります。

防御側のAI活用と、その限界

「検知モデル」と「生成モデル」は役割が異なる

防御側のAI活用を考える際、まず押さえたいことは、AIには大きく2種類の使い方があることです。

  1. 検知(判別)に強いAI:振る舞いから異常を検知し、アラートを出す(EDR/XDR、UEBAなど)
  2. 生成(要約・支援)に強いAI:文章の要約、問い合わせ応答、手順提案、チケット起票など運用補助を担う

両者を混同すると、「AIを入れたのに検知できない」「要約は便利だが判断が危ない」といったミスマッチが起きます。導入時はAIに何を任せ、何を人が担うかを明確にすることが出発点になります。

AIはすでに防御のコアである

防御側のAI活用は、AI製品を買えば解決という単純な話ではありません。多くの企業で現実に進んでいるのは、次のような領域です。

  • EDR/XDRの検知ロジック強化
    従来のルールベースに加え、行動分析や相関分析を組み合わせ、攻撃の兆候を早期に拾う。
  • ログ分析/異常検知の高度化
    分散したログを統合し、普段と違う通信・認証・権限変更などを検知する。特にクラウドでは、設定変更(IaC、権限付与、APIキー利用)のログが要になります。
  • SOCの一次分析(トリアージ)の効率化
    アラート要約、関連ログの自動収集、影響範囲の仮説立て、過去事例の類推など、人が疲弊する作業をAIが肩代わりする。SOAR(自動対応)と組み合わせ、軽微なインシデントを自動封じ込めする例も出ています。
  • 脅威インテリジェンスの取り込み
    攻撃者のTTPやIoCを取り込み、自社ログと突合する。AIは情報の整理・関連付けに強い一方、最終的な妥当性判断は人が担う必要があります。
    AIが得意なのは「大量データの整理・優先順位付け」であり、最終判断(ビジネス影響、止める/止めない、復旧手順)は人間の責務として残ることです。

AI防御の落とし穴

AIを活用した防御には、以下のようなリスクがあることを知っておいて下さい。

  • 誤検知/見逃し(False PosITive/Negative)
    AIはもっともらしい出力を返しますが、誤りをゼロにはできません。誤検知が多いと現場はアラート疲れを起こし、逆に見逃しが増えます。
  • 説明可能性(ExplAInabilITy)の不足
    「なぜ検知したのか」が説明できないと、現場の納得も、経営への説明も難しいことがあり、監査や顧客説明に耐えない可能性もあります。
  • データの偏り/経時変化
    組織の利用状況、システム構成、攻撃トレンドは常に変わります。過去データに最適化されたAIは、時間とともに精度が落ちる可能性があります。
  • 生成AIの幻覚(ハルシネーション)
    運用支援にLLMを使う場合、誤った要約や根拠不明の推論が混ざることがあります。検証手順(根拠ログの提示、再現確認)を確立しておくことが必須となります。
  • 機密ログの扱い
    生成AIにログを投入する場合、そのログ自体が機密情報の塊です。保存、外部送信、学習利用、権限管理の設計を誤ると、防御強化のつもりが漏えいリスクになります。
    AIは防御の万能薬ではなく、運用を強くするための一要素に過ぎません。AIを導入するなら「どのKPIを改善するのか(初動時間、検知率、分析工数、MTTRなど)」を定義し、運用とセットで設計する必要があります。

―【後編】「AI時代に増えるリスクと、経営が取るべきアクション」 に続く―


執筆:上野 宣 氏
株式会社トライコーダ代表取締役
奈良先端科学技術大学院大学で山口英教授のもと情報セキュリティを専攻、2006年にサイバーセキュリティ専門会社の株式会社トライコーダを設立。2019年より株式会社Flatt Security、2022年よりグローバルセキュリティエキスパート株式会社、2025年より株式会社ブロードバンドセキュリティの社外取締役を務める。あわせて、OWASP Japan代表、一般社団法人セキュリティ・キャンプ協議会理事、NICT CYDER推進委員などを歴任し、教育・人材育成分野にも尽力。情報経営イノベーション専門職大学(iU)客員教員。

編集責任:木下・彦坂

スペシャル記事 TOPに戻る
バックナンバー TOPに戻る


年二回発行されるセキュリティトレンドの詳細レポート。BBSecで行われた診断の統計データも掲載。

サービスに関する疑問や質問はこちらからお気軽にお問合せください。


Security Serviceへのリンクバナー画像
BBSecコーポレートサイトへのリンクバナー画像
セキュリティ緊急対応のバナー画像
ウェビナーアーカイブ動画ページバナー画像

<インタビュー>門林 雄基 氏 / 奈良先端科学技術大学院大学 サイバーレジリエンス構成学研究室 教授【後編】

Share

国内外問わずセキュリティイベントに多くご登壇し、弊社で毎月1回開催している社内研修で、最新動向をレクチャーいただいている奈良先端科学技術大学院大学の門林教授。そんな門林教授に2022年のセキュリティニュースを振り返っていただき、今後の動向や予測について語っていただきました。前・後編の2回のうち、後編をお届けします。

(聞き手:BBSec SQAT.jp編集部)


サイバー攻撃の多様性

新たな攻撃の予想

━━今年はこれまでもすでに発見されていたが放置されてきた脆弱性が再発見されたり、新たに発見されたりした脆弱性を悪用したサイバー攻撃が話題になりました。それを踏まえ、今後新たな流行として予想される攻撃や今の時点で考えられる攻撃がありましたらどんなものがありますでしょうか?

門林:色々起きてますが、犯罪教唆にならない範囲で考えますと、クラウドとかでしょうか。クラウドはかなり巨大になってきていますので、問題は起きるかなとは思いますね。やはり色んな方がクラウドを使っていますよね。

━━そうですね。最近はテレワークの導入率も6割程度という調査結果も出ているという風に聞きます。

門林: 結局そのクラウドの方がちゃんとやっているから安全というように事業者の方はよくおっしゃるんですが、中小から大企業までみんながクラウドを使っているということは、当然反社もハッカー集団もクラウドを使っているわけです。だから隣のテナントは反社かもしれないという状況で、企業も何万社とあって、クラウド事業者側でもみえてないです。

門林先生インタビュー写真3

見通しが明るくない話ばかりになりますが、クラウドはほんとに色んな問題を抱えて走っています。もちろんその問題を抱えたうえでリスクを潰しながらオペレーションできればいいんですが。これもやはり10年ほどやってきている話で、進展も激しいですし、色々積み重なっています。結局古い問題がなくならないので、我々専門家も日々話題にする脆弱性で、これ10年前にも同じ話あったよねというのがもう頻繁に出てくるわけです。ですのでクラウドに関しても、おそらく5年前とか10年前にあった脆弱性のぶり返しと新しい攻撃キャンペーンが組み合わさるとなんか起こるだろうなと思います。

今できる共通の対策

━━今後もありとあらゆる攻撃が予想されるということがお話伺っていてわかりました。それぞれの攻撃に対しては、対策をとっていく、防御していくことが重要になってくることかと思いますが、今できる共通の対策として、まず何をすべきでしょうか?

門林:基本に忠実にやるということしかないです。新しいトピックだけ追いかける人が多いですが、サイバーセキュリティという領域が生まれてもう30年です。脆弱性データベースの整備も始まって30年くらいたっていると思います。で、そのなかに10年選手、5年選手あるいは15年選手の脆弱性があるわけです。マルウェアもわざわざ古いマルウェアを使うという攻撃もあるんです。古いマルウェアだと最近のアンチウィルスソフトでは検知しないからあえて使うなどという色々な話があって、結局新しいことだけに注目してニュースを追って新しい製品を買ってというようにやっていると、5年前とか10年前の脆弱性に足をすくわれると思うんです。ですのでここはもう基本に忠実にやるしかないわけです。

セキュリティ全般の話ですが、やはり30年分の蓄積があるので、それを検証できるだけのスキルを持っていなければいけないですし、なんなら製品ベンダーさんの方が基本的な話を知らなかったりしますからね。

どんな対策が有効?

━━リスク管理の原則という話も少し出ましたが、企業においては情報資産の棚卸しというところも重要になってくると思います。弊社では脆弱性診断サービスを提供していますが、こういったサイバー攻撃への対策として、脆弱性診断サービスは有効に働くでしょうか?

門林:この業界はぽっと出だと私は危ないと思っています。セキュリティ診断会社が裏で反社と繋がっていて脆弱性診断を結果流していたという話もあり得ない話ではないので、ちゃんとした会社に依頼するということが私は大事だなと思ってます。

BBSecさんはもう22年くらいやっているとのことですが、やっぱりそれくらいやってる会社じゃないとかなり重要なシステムの脆弱性診断とか任せられないんじゃないかなと思いますし、それだけやってらっしゃる会社さんだからこそ、昔の脆弱性や最近の脆弱性、あるいは5年10年前の脆弱性というところも経験があって、ある意味チェック漏れといいますか、抜け漏れみたいなのもないと思うんです。やはり脆弱性診断みたいな、セキュリティの話で”水を漏らさず”みたいなところに尽きると思うんです。水を漏らさずどういう風に検査するかというともう経験値が全てだと思うんです。色々なシステムを検査してきた経験値というのが今にいきていると思いますし、そういうの無しに最近できた会社なんですよといって診断されても、そこの製品、俺だったら簡単に迂回できるなと思ってしまいますね。

終わりに…

これからセキュリティ業界に携わりたい方に向けて

━━ありがとうございました。では最後に、これまでのトピックスを振り返りつつ、これからセキュリティ業界に携わって働いていきたいという方やすでにもう業界で経験がある方でこれからもっとステップアップしていきたいというSQAT.jp読者に対して、門林先生からのメッセージをいただければと思います。

門林:サイバーセキュリティというと、プログラミングとかそういうのに詳しい人だけと思われがちなんですが、そうではないんだということです。もう今は総力戦になってますので、プログラミングやセンサーに詳しい人も歓迎ですし、あるいは人間の心理とか社会学とかのスキルとかそういうのに詳しい人も歓迎ですし。結局人間の脆弱性、ソフトウェア・ハードウェアの脆弱性など色々なものがあるなかで、それらすべてに相対していかなければならないわけです。プログラミングやマルウェア解析がすごいという人だけではなくて、いろんな人に来ていただきたいなと思いますね。

あともう一つ大事なのは、やはり優しさです。パソコンに詳しい、俺はプログラミングがすごいだけではなくて、実際サイバー攻撃にやられてしまった現場に行っても、「大丈夫ですか?」とできる人、例えば、「ランサムウェアの現場大変ですね、何とか復号しましょう」、というように。きれいじゃない現場というのがたくさんあるように、これから人間の失敗の顛末みたいな所も目にすると思います。各社・各業界の事情もありつつ、失敗の形跡もありつつ、そういう所で火消しをする、手続きの話をするというかたちになるので、結局その現場に入る人、セキュリティの業界に入る人はやっぱり弱者の側に立たないといけないんです。

CTFとかそういうものをやってると優秀な人こそ勝つという感じの発想の人もいると思うんですが、私は、そういうゲーム的な「俺はサッカーが上手いからすごいんだ」という人が来てくれるよりは、むしろ消防あるいは看護婦・お医者さんのような弱者・敗者に寄り添うセンス、かつプログラミング・技術もできる、法律もハードウェアもできるといった、そういう人間としてのキャパシティーをもった人に来ていただきたいなと思います。「俺はこのツールが使えるんだすごいだろ」という感じの人はたくさんいる気がするので、そうではない側の人、人としての優しさを備えてかつテクノロジー・法律といった様々なスキルを研鑽していこうと思える人にきてほしいですね。

━━弊社は脆弱性診断診断サービス以外にもインシデント対応やコンサルティングの提供もしているので、そういう意味でも、技術力だけじゃなく、人間性みたいなところも比較的重要になってくるのかなと個人的にも思います。本日はありがとうございました。

ーENDー
前編はこちら


門林 雄基 氏
奈良先端科学技術大学院大学 サイバーレジリエンス構成学研究室 教授
国内外でサイバーセキュリティの標準化に取り組む。日欧国際共同研究NECOMAプロジェクトの日本研究代表、WIDEプロジェクトボードメンバーなどを歴任。


「資料ダウンロードはこちら」ボタン
年二回発行されるセキュリティトレンドの詳細レポート。BBSecで行われた診断の統計データも掲載。
「お問い合わせはこちら」ボタン
サービスに関する疑問や質問はこちらからお気軽にお問合せください。

SQATセキュリティ診断サービスの告知画像
BBSecロゴ
リクルートページtop画像
セキュリティトピックス告知画像

<インタビュー>門林 雄基 氏 / 奈良先端科学技術大学院大学 サイバーレジリエンス構成学研究室 教授【前編】

Share

国内外問わずセキュリティイベントに多くご登壇し、弊社で毎月1回開催している社内研修で、最新動向をレクチャーいただいている奈良先端科学技術大学院大学の門林教授。そんな門林教授に2022年のセキュリティニュースを振り返っていただき、今後の動向や予測について語っていただきました。前・後編の2回のうち、前編をお届けします。

(聞き手:BBSec SQAT.jp編集部)


はじめに…

SQAT® Security Report寄稿記事をご執筆いただいたご感想・読者へのメッセージ

━━早速ですが、弊社で半期に1回、セキュリティに関する情報をまとめてお届けしているSQAT® Security Reportの最新号(※10/26公開予定)では門林先生にご執筆を依頼していたかと存じます。まずはこちらについてご質問をさせていただければと思っております。

━━「セキュリティの現在過去未来」 ということで、専門家の知見からセキュリティの歴史を振り返っていただいています。私も先日拝読させていただいたのですが、セキュリティに対してあまり馴染みのない方でもセキュリティ意識を見直すきっかけになる大変素晴らしい記事になっているなと感じました。今回の記事について、執筆後のご感想や伝えておきたいポイントや読者へのメッセージがあればお願いいたします。

門林先生インタビュー写真1

門林:そうですね、セキュリティの記事をご依頼いただいて、振り返ってみるともう早いもので30年なんですよね。私が今53歳になりますので、それぐらいやはり時間がたってしまったということですね。このセキュリティという領域も最初は一部のマニアックな人、いわゆるハッカーのような人が騒いでいるだけという状況から始まり、今や社会問題になってもう10年、15年たちますが、一向に解決されないという状況です。この時間の流れを写し取れたらと思い今回の記事を書きました。

最近セキュリティ業界に入った方や若い世代の中には「セキュリティへの対策を考えることは重要な問題でさぞかし昔からちゃんとやっていたんだろう」と思われる方もいるかもしれませんし、あるいはまだまだ新しい領域なので「誰も何もやっていないから俺がいたら何とかなる」と思っている方もいらっしゃるかもしれませんが、実は最初は「何かしないと大変だ」と考えていた人は本当に一握りでした。

当時はインターネットバブルで、誰もがインターネットに繋ぐだけでもうかると思ってました。当然、その傍らでリスクが生まれるわけですが、昔はインターネットを作っていた人は「いや、セキュリティね、あはは、そんな問題あるよね。それ、きりないじゃん」と笑ってたわけです。しかし、実はもう30年ぐらい前から問題としては予見されていました。

例えば30年以上前の雑誌記事で、”インターネットがもし商業化されたら世界中は迷惑メールであふれかえる”という予測を立てた記事があり、当時学生だった私は アメリカのとある有名な方にその記事について質問攻めにしました。ところが、最終的な答えとしては「I don’t know(知らないよそんなこと)」 と。つまりその誰一人として問題に対して根本的な解決策を提案しないまま今に至っているわけです。

100年以上前、自動車が街を走り始めたときには、「こんなものは殺人兵器だ」といった新聞の批判的な報道もあったと聞いています。ところが当時から批判をされていたにも関わらず、ここ50年自動車はずっと人を轢き続けていたわけです。最近でこそ衝突安全装置という技術開発がされてますが、そこまで50年~70年かかっています。インターネットでも同様です。1995年あたりに商業化され、爆発的に広まり25年以上たちますが、セキュリティの問題として迷惑メール・情報漏洩・DDos攻撃など様々なものが予見されていたと思うのですが、結局そのままになってしまっているという状況です。

ですので最近セキュリティ業界に入った方や若い世代の方にもそういった流れで物事を見てほしいというのと、もしその自分の代で解決できなくても頑張るくらいの気合を持ってほしいなと思っています。私自身セキュリティの問題は5年10年すれば解決できると思っていましたが、結局そこから20年以上たって今に至るという感じです。ある意味では若い世代の方にとってはチャンスかもしれません。自動車も技術開発されるまで70年かかってるので、セキュリティも同じくらいのタイムスパンで世代を超えて頑張らないといけないかなと思います。

━━ありがとうございます。インターネットが発展するとともにサイバー犯罪も増加するという形でいたちごっこの様態を呈していますよね。しかし、自動車業界の衝突安全装置の前例から学び、世代を超えて意識を高く持ち続けることでいずれはセキュリティの問題も解決へ向かうように、私たちセキュリティベンダーも啓蒙し続けていかなければならないと感じました。

2022年のセキュリティニュースを振り返って…

━━では続いて2022年のセキュリティニュースを振り返っていきたいと思います。今年話題になったセキュリティに関するニュースとして、例えばApache Log4jの脆弱性や SolarWinds社製品の脆弱性など、脆弱性を悪用した攻撃が次々に登場しました。サイバー攻撃グループがいま狙っている業界としてはどういったところがあるのでしょうか?最近は業界の区別なく狙われているという話もあるかと思いますがいかがでしょうか?

門林:まず申し上げておきたいのはメディアで騒がれるものと、実際に犯罪やサイバー攻撃に悪用されるものは違うということです。メディアでは基本的に新しい脆弱性などの話題を取り上げますが、その前にも既知の脆弱性は3万件以上蓄積があるわけです。Log4jに関しては、確かにJavaのソフトで広く使われているため色々なシステムで対応に追われましたが、直ちに攻撃に使われるという話ではありませんでした。ですのでメディアで報道される=直ちに攻撃されるから対策しなければという話ではなく、むしろ忘れたころにやってくる、というところです。

また、SolarWindsやSpring4Shellも一時期メディアで騒がれましたが、実はSolarWindsは日本では全然使っていません。ですので影響範囲も全くなかったと私は思います。Spring4Shellに関しては、実際解析してみると特定のJavaのバージョンのみに影響があるだけで、実はそこまでSpring4Shellの脆弱性は影響がありませんでした。つまり、現場での感覚とメディアでの感覚がだいぶずれてきているなというのが特に今年の脆弱性関連での報道を見て感じるところです。

━━ありがとうございます。 最近では企業規模の大小問わず狙われていて、中小企業もターゲットになっているという話もあるかと思うのですが、こちらについてはどのような理由が考えられますでしょうか?

門林:大企業の場合はそれなりに対策をしているのでなかなか侵入しづらくなっているのではないかと思います。攻撃者側も攻撃しやすいターゲットを狙うと思いますが、中小企業の場合はセキュリティの重要性もよく分かっていないところが多く、狙いやすいのかなと思います。実際、様々な企業で泣き寝入りしてしまったという事案も聞きますが、中小企業の場合は知名度もあまりないため、被害にあっても報道もされません。無名でももうオペレーションが停止してしまったという状況になればようやく報道されるというわけです。

これも氷山の一角で、メディアが無視しているランサムウェア案件はおそらくいくらでもあると思います。中小企業は実際狙われていると思いますし、よくいうのはやられていても気がつかないのではないかということです。ランサムウェア攻撃のように分かりやすくもう全部暗号化して使えないようにしたらさすがに気付くと思います。ですが中小企業の秘密情報や個人情報・取引先の大企業の情報が狙われるという話は10年とか15年のスパンでずっと起こっていて、中小企業で働いている方々はそれに気づきもしていないのではないかと思います。

最近注目した記事や話題

━━なるほど、ありがとうございました。ではここで少し視点は変わりますが、弊社の勉強会では、先生の方からセキュリティベンダーが提供しているレポートやニュースサイトの記事を色々とご紹介いただいていると思うのですが、先生の方で最近注目している記事やトピックがもしありましたらぜひご紹介いただければと思うのですがいかがでしょうか。

門林先生インタビュー写真2

門林:最近ですとやはりサプライチェーンです。特に「ソフトウェアサプライチェーン」といって、例えば我々が使っているWebサーバをはじめ、ビットコインのウォレット等で使うライブラリあるいはソフトウェアを管理しているシステムを狙ってハッキングしてくるというのがどんどん増えています。昔でいうとソフトウェアの欠陥を狙いハッキングするというやり口が多かったのですが、もう最新のWindowsはたとえ50人くらいで寄ってたかってもハッキングできません。ハッカーもそれは諦めていて、ソフトウェアの本当の気づかないような小さなライブラリにバックドア(侵入経路の穴)を仕掛け、そこからシステムに侵入して、ビットコインの財布を狙うといった感じになってきています。ここがやはりここ1~2年の懸念すべきトレンドかなと思ってみています。

━━そういう問題でいうと国内外問わず狙われるのも時間の問題と考えられますね。

門林: そうですね。昔であれば日本語が分からないから大丈夫だなどといわれていましたが、今は日本語の自動翻訳機能はかなり精度が良いものもあるため狙われてしまいます。そのため、日本は大丈夫という感じであぐらをかかず、海外企業と同じくらい、攻撃に対して備えるということが良いのではないかと思います。

海外と比較して~日本国内のセキュリティ事情

━━先ほどのお話にも少しありましたが、日本は海外と比べるとセキュリティへの意識がまだ低いというような話もよく耳にします。この前提を踏まえまして、日本がこれから狙われるとしたらどんな攻撃が考えられますでしょうか?

門林:最近、地政学的な緊張感の高まりというのがありまして、地政学的な事案というのがどんどん増えています。 例えば皆さんがお使いのGPS(Global Positioning System)機能ですが、海外、特に紛争地域ではGPSを狙った攻撃というのもたくさん起きてきています。 日本も海運国家ですから例えばアメリカで起きているようなGPS等が攻撃されて船が通れず、資源が届かないとなると物流が停止し、産業が成り立たなくなってしまう可能性があります。こうしたサイバーでない事案も起こり得るわけです。

ですのでこの辺りは特に注目しています。また、ヨーロッパの方で起きている戦争では衛星ネットワークがハッキングされ停止していますが、日本では全く報道されていません。ハッカーがモデムをハッキングしたことで、衛星でオペレーションしていた物流のIoTが停止しビジネスも停止してしまったという事案になっているわけです。ですから、GPSであったり衛星であったり、我々からすればパソコンとは関係なさそうな世界であっても、サイバー攻撃でやられる、という視点ももっておくことはすごく大事かなと思います。

━━もはや業界も関係なく狙われてしまうというという危機意識を持つことが私たちにはまだまだ足りていないということですね。セキュリティ業界に携わっていない人に対してセキュリティに対する意識を高めていくように訴求していくという難しさを感じます。

門林:そうですね、おそらく物流をやっている人や船を運行している人からすると何のことだと思いますが、ただ彼らからするとびっくりするような話というのが海外だと起きてますし、それが日本で起きない保証はないわけです。

ランサムウェア市場の活況

━━特に、ランサムウェア攻撃に関してはビジネスとして確立しているということもあり、海外特に欧米企業などでは次々と被害報告が上がっています。今後日本にはランサムウェアギャングはどのようにして入り込んでくると考えられるでしょうか?難しいとも思うのですが。

門林:結局言葉の問題がありますからね。 犯罪者の人たちも資金回収するときには日本語を使わないといけないので、そこは確かにひとつハードルになっているとは思います。

とはいえランサムウェアでやられている日本企業もたくさんあるわけですが、アメリカの場合、上場企業は身代金の支払い要求を受けた場合に報告義務がありますが、日本の場合は上場してても報告義務がありません。この差が非常に大きくて、日本企業でもランサムウェア事案でも泣き寝入りしてごっそりお金を払ってしまうということもしているとは思いますが、法的な報告義務がないために表にならないんです。アメリカの方でランサムウェア被害がたくさん起きているという感じで他人事みたいに見えていても、実は身内で起きているインシデントが全然見えていないだけかもしれません。

海外ではもちろんものすごいペースでランサムウェア被害が起きていますが、とはいえ結局反社会勢力にお金を払うというのは海外であっても日本であってもNGですから、身代金を支払ったらそれで終わりという話ではないですし、やはり次の脅迫が忘れたころに起きます。当然、反社会勢力と取引をしたらその企業はブラックリストに入りますし、日本企業でもランサムウェア身代金を支払うことでアメリカでブラックリストに入ってしまったために輸出ビジネスができなくなってしまったという話が実際にあります。これはビジネスが続行できなくなる、BCP(事業継続計画)リスクです。ランサムウェア被害を受けたときのリスクよりも、企業が存続できなくなるリスクを考えた方がいいかなとは思います。

ランサムウェア攻撃の手口は進化している

━━また、ランサムウェア攻撃に関しては海外の方では新しい手口が次々と登場しているかと思います。例えばマルウェア入りのUSBを送りつけるパターンやランサムウェアDDos攻撃など新たな攻撃手法がいろいろと確立していて、従来の二重の脅迫(暗号化+データの暴露)がいま三重の脅迫と、脅迫の手法も進化してきているという話も耳にしているのですが、この三重の脅迫というのは具体的にどのようなことになるのでしょうか?また日本でもすでにこういった手口は使用されているのでしょうか?

門林:はい。あまり明るくない話なのですが、一般論として申し上げると、ランサムウェアを専門にする業者は星の数ほどいるわけです。つまりランサムウェアの学校があって、毎週100人単位で卒業生を出しているので、独立したランサムウェア事業者がもう何万人といるわけです。たまたま中国語が読めるからじゃあ日本をターゲットにやりましょうという人もいるかもしれません。当然、その他のランサムウェア事業者と競争ですから、そのなかでその二重の脅迫・三重の脅迫みたいな発明がどんどんで出てくるわけです。つまり敵もかなり熾烈な生き残り競争みたいなところでやってますので、いろんな手口が出てきます。警察が逮捕したら終わりという話ではなく、じゃあ警察もその数全部捕まえてくれるんですかという話なわけです。

━━きりがないですね。

門林:そうです。で、そういうきりがないゲームを仕掛けてるんだというところまず認識しないといけません。時々、米連邦捜査局(FBI)がランサムウェアギャングを捕まえましたという報道も出てますが、あれは本当に氷山の一角でしかなくて、彼らは自分たちの味方をすでに増やしていっているので、もうエンドレスな戦いになっているわけです。結局それで生計が成り立ってしまうと、ビジネスと同じく、次はどうしようとやはり考えます。ですからそのうち全員捕まるから大丈夫という感じで変な明るい希望をもって通り過ぎるのを待つ、そういう話じゃないということです。

━━もうこれだけに限らず、これからは様々な手法、ありとあらゆるものが想定されるということですね。

ランサムウェア身代金イメージ画像

門林:そうです。結局ランサムウェアはここ数年の最近の話題だと思っている人が多いと思うんです。私は最初に聞いたのが11年前でした。その頃、まだビットコインがなかった時代に、ロシアと旧ソビエト連邦諸国(CIS)で流行っていて、ロシア・CIS特有で昔あったダイヤルQ2のような、この番号に送ると何百円チャージされますという感じの有料のSMSがあるんです。それをランサムウェア集団が集金目的で使って、「この暗号のロックを解除してほしかったら有料SMSを送れ」というと、500円・900円ぐらいが回収され、それで1か月パソコンが普通に使えるようになるという感じです。つまりCISではそういうスキームがもう10年以上前にあったわけです。そこからずっと進化して産業としても大きくなり今に至るわけです。問題はどんどん悪辣(あくらつ)になってますし、熾烈な戦いを繰り広げていて、結局10年かかってグローバルな暗黒産業を作っているわけです。いまやランサムウェア産業は事業者が学校で毎週100人単位で誕生しているようなかなりの成長産業です。これじゃあ来年なくなりますか?っていわれてもおそらく10年はなくならないと思います。ですのであと10年これが続くと覚悟してくださいという話です。

━━ランサムウェアはいつ収束するといったレベルの問題ではないのですね。

門林:サイバーセキュリティをやってない人は「そのうちなくなるんでしょ」「一過性のものでしょ」という感じですよ。でもそう思っている人にとっては最悪の事態がどんどん進行していって今に至るわけですから、やはりリスク管理の原則ですが、最悪の事態を想定してそれに備えるというところが外せないと思います。

後編へ続く


門林 雄基 氏
奈良先端科学技術大学院大学 サイバーレジリエンス構成学研究室 教授
国内外でサイバーセキュリティの標準化に取り組む。日欧国際共同研究NECOMAプロジェクトの日本研究代表、WIDEプロジェクトボードメンバーなどを歴任。


「資料ダウンロードはこちら」ボタン
年二回発行されるセキュリティトレンドの詳細レポート。BBSecで行われた診断の統計データも掲載。
「お問い合わせはこちら」ボタン
サービスに関する疑問や質問はこちらからお気軽にお問合せください。

SQATセキュリティ診断サービスの告知画像
BBSecロゴ
リクルートページtop画像
セキュリティトピックス告知画像