
前回記事で解説した通り、APT攻撃は標的組織を事前に調査したうえで侵入し、権限昇格や横展開を重ねながら目的の情報に近づいていきます。一度侵入を許すと長期間にわたり情報窃取や不正活動が継続するケースも少なくありません。そのためAPT攻撃対策では「侵入させない」ことだけを目指すのではなく、侵入前対策・侵入後対策・インシデント対応体制を組み合わせ、早期発見と被害最小化を実現する仕組みが欠かせません。本記事では、その具体的な対策内容について解説します。
APT攻撃の侵入経路や攻撃の流れについて詳しく知りたい方は、「APT攻撃の手口とは?侵入から情報窃取までの流れを解説」で、初期侵入から情報窃取までのプロセスを解説しています。ぜひあわせてご覧ください。
なぜAPT攻撃は防ぎにくいのか
APT攻撃が防ぎにくい理由は、攻撃者が特定の組織を狙い、時間をかけて侵入経路を探すためです。一般的なマルウェア感染やばらまき型攻撃とは異なり、APT攻撃では、攻撃者が標的組織の業務、取引先、利用システム、従業員の役割などを事前に調査します。そのうえで、標的型メールや脆弱性の悪用、正規アカウントの不正利用など、検知されにくい手口を選びます。また、APT攻撃では、最初の侵入後すぐに目立つ被害が発生するとは限りません。攻撃者は内部ネットワークに潜伏し、権限昇格や横展開を行いながら、機密情報や認証情報の所在を探ります。正規の管理ツールや盗まれたID・パスワードを使って活動する場合もあり、従来型の境界防御だけでは不審な動きを見落とす可能性があります。そのため、APT攻撃対策では、入口を守る対策に加えて、侵入後の異常を検知する仕組み、ログをもとに調査できる体制、被害を最小化する初動対応が欠かせません。さらに、入口対策だけでなく、「侵入を前提」とした検知・監視・対応体制も必要です。
侵入前対策
APT攻撃への備えとして、まず重要になるのは侵入前対策です。侵入前対策とは、攻撃者が組織内へ入り込む可能性を下げるための基本的な防御策です。完全な防御は難しいものの、攻撃者にとって侵入しにくい環境を作ることで、被害の発生確率を下げることができます。 なかでも重要なのが、多要素認証、脆弱性管理、標的型メール対策です。これらは単独ではなく、多層防御の考え方で組み合わせることが重要です。複数の対策を組み合わせ、攻撃者が一つの弱点を突破しても、次の段階へ進みにくい状態をつくることが求められます。
MFA(多要素認証)
IDとパスワードだけに頼らず、スマートフォンアプリ、セキュリティキー、生体認証など、複数の認証要素を組み合わせて本人確認を行う仕組みです。APT攻撃では、フィッシングメールやマルウェアによって認証情報が盗まれることがあります。IDとパスワードだけで社内システムやクラウドサービスへアクセスできる環境では、攻撃者が正規ユーザになりすましてログインするリスクが高まります。MFAを導入することで、パスワードが漏えいした場合でも、不正ログインを防げる可能性が高まります。ただし、MFAを導入すればすべての攻撃を防げるわけではありません。近年は、MFAを突破しようとするフィッシングや、認証疲れを狙った攻撃も確認されています。そのため、可能であればフィッシング耐性の高い認証方式(例:FIDO2、パスキーなど)を採用し、管理者アカウントやリモートアクセス、クラウド管理画面など、重要度の高い環境から優先的に適用することが重要です。
脆弱性管理
APT攻撃では、VPN機器、公開サーバ、メールサーバ、業務システム、クラウド環境などの脆弱性が侵入経路として悪用されることがあります。特に、インターネットからアクセス可能な機器やシステムに未修正の脆弱性が残っている場合、攻撃者にとって侵入の足がかりになります。脆弱性管理では、単に脆弱性情報を収集するだけでなく、自社のどのシステムに影響があるのか、外部公開されているのか、悪用事例があるのか、業務上の重要度は高いのかを踏まえて、対応の優先順位を決める必要があります。すべての脆弱性へ同時に対応することは現実的ではないため、実際に悪用されている脆弱性や、外部から攻撃可能なシステムを優先して修正する考え方が重要です。また、パッチ適用がすぐに難しい場合には、一時的な回避策、アクセス制限、監視強化、不要サービスの停止などを組み合わせる必要があります。APT攻撃では、脆弱性の放置が初期侵入や横展開につながる可能性があるため、脆弱性管理は単なる情報システム部門の運用作業ではなく、経営リスクを下げるための重要な取り組みといえます。
標的型メール対策
標的型メールは、APT攻撃の代表的な侵入経路の一つです。現在はメールだけでなく、チャットやクラウドサービスを悪用した攻撃も増えています。標的型メール対策では、メールセキュリティ製品による検査だけでなく、従業員教育、訓練、報告しやすい仕組みの整備が重要です。攻撃メールを完全に遮断することは難しいため、従業員が不審なメールに気づき、開封前または開封後すぐに報告できる体制を作る必要があります。また、メールをきっかけに認証情報が入力されるケースもあるため、MFAやアクセス制御と組み合わせて対策することが効果的です。標的型メール対策は、単独で完結するものではなく、認証管理、端末防御、ログ監視、インシデント対応と連動させることで、初めてAPT攻撃への実効性が高まります。
標的型攻撃の手口の詳細は「標的型攻撃とは?代表的な手口と企業が取るべき対策を解説」をご参照ください。
侵入後対策
APT攻撃では、侵入前対策をすり抜けられる可能性があります。そのため、侵入後に攻撃者の活動を検知し、被害拡大を防ぐ仕組みが必要です。侵入後対策の中心になるのが、EDR、SIEM、ログ監視です。従来のセキュリティ対策では、外部からの攻撃を境界で防ぐことに重点が置かれてきました。しかし、クラウド利用、テレワーク、サプライチェーン連携が広がる現在では、社内と社外の境界があいまいになっています。APT攻撃への対策では、端末、サーバー、ネットワーク、クラウド、IDの動きを継続的に監視し、通常とは異なる振る舞いを早期に見つけることが重要です。
EDR
EDRは、Endpoint Detection and Responseの略で、PCやサーバーなどのエンドポイント上の不審な挙動を検知し、調査や対応を支援する仕組みです。APT攻撃では、マルウェアの実行、認証情報の窃取、管理ツールの悪用、不審なプロセスの起動などが端末上で発生することがあります。EDRは、こうした端末上の動きを可視化し、攻撃の兆候を把握するために有効です。EDRの重要な役割は、単にマルウェアを検知することではありません。侵入後に何が起きたのか、どの端末からどの端末へ移動したのか、どのファイルが操作されたのか、どのアカウントが使われたのかを調査するための情報を提供する点にあります。APT攻撃では、発見時点で攻撃がすでに横展開している場合もあります。そのため、EDRによって端末単位の挙動を把握し、感染端末の隔離、プロセス停止、調査対象の特定などを迅速に行える状態を整えておく必要があります。最近では、EDRに加え、メールやクラウドも含めて分析するXDRを導入する企業も増えています。
SIEM
SIEMは、Security Information and Event Managementの略で、複数のシステムからログを集約し、相関分析(複数のログを組み合わせて関連性を分析すること)を行う仕組みです。APT攻撃では、個々のログだけを見ると小さな異常に見える行動が、複数のログを組み合わせることで攻撃の流れとして見えてくることがあります。たとえば、通常とは異なる国や地域からのログイン、深夜帯の管理者権限利用、短時間での大量アクセス、普段使わない端末からの認証、ファイルサーバへの大量アクセスなどは、単独では見逃されることがあります。しかし、SIEMで複数のログを関連付けることで、初期侵入、権限昇格、横展開、情報窃取の兆候を把握しやすくなります。SIEMを有効に活用するには、ログを集めるだけでなく、どのログを監視対象にするのか、どのような条件でアラートを出すのか、誰が確認するのか、アラート発生後にどのような初動を取るのかを事前に決めておく必要があります。そしてツールを導入するだけではなく、運用設計まで含めて整えることも重要です。社内で運用が難しい場合は、SOCサービスなど外部監視サービスを利用する方法もあります。
ログ監視
ログ監視は、APT攻撃対策の基盤となる取り組みです。攻撃者の行動は、認証ログ、端末ログ、プロキシログ、DNSログ、VPNログ、クラウドサービスの監査ログ、ファイルアクセスログなどに痕跡として残ることがあります。しかし、ログが取得されていなかったり、保存期間が短かったり、必要な項目が記録されていなかったりすると、インシデント発生後に攻撃の流れを追跡できません。特にAPT攻撃では、侵入から発見までに時間がかかることがあるため、一定期間のログを保管し、過去にさかのぼって調査できる状態を作る必要があります。ログ監視では、単に大量のログを保存するだけでは不十分です。重要なのは、通常時のアクセス傾向を把握し、そこから外れた動きを見つけることです。普段アクセスしないサーバーへの接続、短時間での権限変更、退職者アカウントの利用、海外からのVPN接続、大量のファイル圧縮や外部送信など、攻撃の兆候となる行動を継続的に確認する必要があります。保持期間は法令や業種要件、インシデント対応を考慮して決める必要があります。
ゼロトラストの考え方
ここまで紹介した侵入前対策・侵入後対策は、いずれもゼロトラストという一つの考え方の実装例と捉えることができます。
ゼロトラストとは、社内ネットワークにいるから安全、正規ユーザだから安全といった前提を置かず、ユーザ、端末、アプリケーション、データへのアクセスを継続的に確認する考え方です。従来の境界防御では、社内ネットワークの内側を比較的信頼する考え方が一般的でした。しかし、APT攻撃では、一度内部へ侵入した攻撃者が正規アカウントや管理ツールを悪用し、横展開する可能性があります。そのため、社内ネットワーク内の通信であっても、常に正当性を確認し、必要最小限の権限だけを付与することが前提になります。ゼロトラストの実現には、MFA、ID管理、端末管理、アクセス制御、ログ監視、ネットワーク分離、継続的なリスク評価などが関係します。単一の製品を導入すれば完成するものではなく、組織の業務やシステム構成に合わせて段階的に整備していく必要があります。
APT攻撃への対策としてゼロトラストを取り入れることで、攻撃者が一つのアカウントや端末を悪用しても、重要情報へ簡単に到達できない環境を作りやすくなります。侵入を前提に、被害範囲を限定し、異常を早期に検知するという点で、ゼロトラストはAPT対策と相性のよい考え方です。
インシデント対応体制
APT攻撃への対策では、検知した後の初動対応によって被害の大きさが大きく左右されます。初動対応では「封じ込め(Containment)」「根絶(Eradication)」「復旧(Recovery)」の順で進める考え方が一般的です。不審な挙動を発見しても、対応手順や判断基準が決まっていなければ、関係者への連絡、端末隔離、証拠保全、外部報告、復旧判断が遅れてしまいます。その間に攻撃者が横展開を進めたり、情報を外部へ持ち出したりする可能性があります。
インシデント対応体制では、まず「誰が判断するのか」を明確にする必要があります。情報システム部門、セキュリティ担当、経営層、法務、広報、事業部門、外部専門家など、関係者の役割を事前に決めておくことが重要です。特にAPT攻撃では、技術的な調査だけでなく、事業影響、顧客対応、取引先対応、法的対応、広報対応が必要になる場合があります。 また、初動対応では、証拠を消さないことも重要です。感染が疑われる端末をすぐに初期化してしまうと、侵入経路や攻撃範囲を調査するための情報が失われる可能性があります。端末の隔離、ログ保全、アカウント停止、通信遮断、影響範囲の確認などを、状況に応じて慎重に実施する必要があります。平時からインシデント対応手順を整備し、訓練を行っておくことで、実際の攻撃発生時に混乱を減らすことができます。APT攻撃対策は、技術的な防御だけではなく、組織としてどのように判断し、対応するかまで含めた取り組みです。
まとめ
APT攻撃対策では、侵入を完全に防ぐことだけを目指すのではなく、侵入前対策、侵入後対策、インシデント対応体制を組み合わせることが重要です。MFA、脆弱性管理、標的型メール対策によって侵入リスクを下げ、EDR、SIEM、ログ監視によって侵入後の不審な動きを早期に検知します。さらに、インシデント対応体制を整備し、攻撃が疑われる場合に迅速な初動対応を取れるようにしておくことで、被害の拡大を抑えることができます。APT攻撃は、攻撃者が時間をかけて目的達成を狙う攻撃であるため、企業側も継続的な監視と改善を前提に備える必要があります。
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「APT攻撃事例から学ぶ ―国内外の被害事例と企業が取るべき対策―」
APT攻撃は実際にどのような企業・組織で発生しているのでしょうか。代表的な国内外の事例から、攻撃の特徴や企業が学ぶべきポイントを解説します。
【参考情報】
- NIST,Cybersecurity Framework(https://www.nist.gov/cyberframework)
- NIST,The NIST Cybersecurity Framework 2.0(https://nvlpubs.nist.gov/nistpubs/CSWP/NIST.CSWP.29.pdf)
- NIST SP 800-61 Rev. 3, Incident Response Recommendations and Considerations for Cybersecurity Risk Management: A CSF 2.0 Community Profile(https://csrc.nist.gov/pubs/sp/800/61/r3/final)
- NIST SP 800-207,Zero Trust Architecture(https://csrc.nist.gov/pubs/sp/800/207/final)
- NIST,Zero Trust Architecture(https://www.nist.gov/publications/zero-trust-architecture)
- CISA,Known Exploited Vulnerabilities Catalog(https://www.cisa.gov/known-exploited-vulnerabilities-catalog)
- CISA,Best Practices for Event Logging and Threat Detection(https://www.cisa.gov/resources-tools/resources/best-practices-event-logging-and-threat-detection)
- CISA,Incident Response Plan Basics(https://www.cisa.gov/sites/default/files/publications/Incident-Response-Plan-Basics_508c.pdf)
- CISA,Incident Response(https://www.cisa.gov/topics/cyber-threats-and-response/incident-response)
- CISA,Cybersecurity Incident & Vulnerability Response Playbooks(https://www.cisa.gov/sites/default/files/2024-08/Federal_Government_Cybersecurity_Incident_and_Vulnerability_Response_Playbooks_508C.pdf)
編集責任:木下
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