
2026年6月17日、KDDI株式会社は、ISP事業者向けに提供するメールシステムが不正アクセスを受けていたことを確認しました。この不正アクセスにより、約1,223万人分のメールアドレスと、そのうち約762万人分のパスワードが漏えいしました。原因は、ソフトウェアベンダーも把握していなかった第三者製ソフトウェアの脆弱性です。本記事では、確定した被害範囲とゼロデイ攻撃との関係、認証情報漏えいのリスク、企業が見直すべき対策を解説します。
※本記事は2026年7月31日時点で確認できる公表資料に基づき作成しています。公表されていない製品名、CVE番号、攻撃者、侵入手法の詳細については推測を加えずに構成しています。
contents
KDDIのISP向けメールシステムへの不正アクセスとは
KDDIは2026年6月23日、同社がISP事業者向けに提供するメールシステムで不正アクセスが発生し、メール関連情報が外部に漏えいした可能性があると公表しました*1。初報で示されたのは、メールボックスにひもづくメールアドレスとパスワードの最大1,422万件です。この時点では調査中の最大値で、解約済みの利用者や一定期間利用されていない休眠アカウントも含まれていました。
その後、KDDIは7月6日に調査結果を公表*2し、7月21日に対象人数を訂正しました。更新後の確定値は、メールアドレスが12,231,954人分、パスワードが7,616,173人分です。
影響したISP事業者とメールサービス
対象として公表されたのは6社です。STNetの「ピカラ光サービス」「ピカラモバイルサービス」「お仕事ピカラサービス」に係るメール、KDDIウェブコミュニケーションズのレンタルサーバー「CPI」のメール、JCOMの「J:COM NET」とケーブルテレビ事業者向けメール、中部テレコミュニケーションの「コミュファ光」「ビジネスコミュファ」のメール、ニフティの「@niftyメール」、ビッグローブの「BIGLOBEメール」です。
一方、KDDIは、auメール、UQ mobileメール、au one netメールについて、今回のシステムとは異なる設備で構築されており、本件による影響や情報漏えいはないと説明しています。「KDDIのメールが一律に被害を受けた」と広げて表現するのは適切ではありません。
また、KDDIが示した全体人数は、6社すべてで同じ種類の情報が漏えいしたことを意味しません。事業者別の調査結果には差があり、たとえばJ:COM NET利用者についてJCOMが確認した漏えい情報はメールアドレスのみです。CPIについても、KDDIはパスワードそのものの漏えいはないと公表しています。一方、JCOMがケーブルテレビ事業者向けに提供するメールサービスでは、一部の利用者についてパスワード漏えいが確認されています。対象者は契約先の公式案内で、自分に該当する情報と必要な対応を確認することが重要です。
2026年5月16日の発生から2026年7月の確定公表まで
KDDIの調査では、不正アクセスは一部のISP事業者において2026年5月16日から発生していました。KDDIが不正アクセスを確認したのは6月17日で、同日に被疑箇所を特定し、システム改修と脆弱性への対処を実施しています。発生開始から確認までには約1か月の隔たりがあり、未知の脆弱性を突いた攻撃を早期に検知する難しさが表れています。
確認後の対応として、KDDIは6月21日に、外部通信を制御する全サーバーへのEDR導入を完了しました。さらに6月23日、第三者機関によるフォレンジック調査を通じ、本件で悪用された脆弱性以外に不審な痕跡が存在しないことを確認したとしています。6月24日には総務省から電気通信事業法に基づく報告を求められ、7月6日に報告書を提出しました。
利用者対応では、KDDIと各ISP事業者がメールアカウントのパスワード変更を進めました。7月6日の公表時点では、日常的に利用されているアカウントを中心に多数の変更が行われ、利用頻度の低いアカウントを含めてISP事業者による強制変更を進めていると説明されています。公表資料が示すのは当時の進捗であるため、その後の完了状況は各ISP事業者の最新案内で確認する必要があります。
なぜ「ゼロデイ攻撃」と整理できるのか
KDDIは公式資料で「ゼロデイ」という言葉を用いていません。ただし、悪用された脆弱性は、KDDIが不正アクセスを確認した2026年6月17日時点で、当該ソフトウェアのベンダーも認識していなかったと説明されています。
米国国立標準技術研究所(NIST)は、「従来知られていなかったハードウェア、ファームウェア、ソフトウェアの脆弱性を悪用する攻撃」をゼロデイ攻撃と定義しています*3。この定義に照らせば、本件をゼロデイ脆弱性の悪用事例として整理することには根拠があります。
ただし、KDDIの更新資料には、第三者製ソフトウェアの製品名、脆弱性の技術的詳細、CVE番号、攻撃者の属性は記載されていません。したがって、侵入手法や攻撃主体、脆弱性の深刻度を推測で補うべきではありません。現時点で確実に言えるのは、第三者製ソフトウェアの未知の脆弱性が悪用され、メールアドレスとパスワードの漏えいが確認されたことです。
ゼロデイ攻撃では、公開済みの修正プログラムを適用するという通常の脆弱性管理だけでは初動時の防御が間に合いません。そのため、外部公開範囲の縮小、ネットワーク分離、権限の最小化、EDRやNDRによる挙動監視、外向き通信の監視、十分な期間のログ保全といった、脆弱性そのものに依存しない多層防御が重要になります。KDDIがシステム改修に加えてEDR導入とフォレンジック調査を実施した点も、検知と影響範囲確認の重要性を示しています。
「サプライチェーン攻撃」ではなく、サプライチェーンリスクとして見る
本件では第三者製ソフトウェアの脆弱性が悪用されましたが、これだけを根拠に、サプライチェーン攻撃と断定するのは慎重であるべきです。公表資料には、ソフトウェアベンダーの開発環境や更新配布経路が侵害され、悪意あるコードが供給されたという説明はありません。確認されているのは、KDDIのメール基盤に導入されていたソフトウェアの脆弱性が攻撃されたという事実です。
一方で、サイバーセキュリティのサプライチェーンリスクという観点では重要な事例です。NIST SP 800-161 Rev.1は、組織が利用する製品やサービスを含むサプライチェーン全体について、リスクを特定、評価、低減することを求めています。自社システムであっても、その構成要素には商用ソフトウェア、OSS、クラウドサービス、保守事業者など多くの外部依存が含まれます。脆弱性が一つの共通基盤に存在すれば、直接の契約関係やサービス名称が異なる複数の利用者へ影響が広がり得ます。
今回、6社のISP事業者が提供する複数ブランドのメールサービスに影響が及んだことは、共通基盤への集中が障害時や侵害時の影響範囲を大きくすることを示しました。各ISPが個別に侵入されたとする公表ではなく、共通して利用するメール基盤で発生した事案である点が重要です。サービス名や契約先だけを見てリスクを分けるのではなく、実際にどの基盤、製品、運用主体を共有しているかまで把握する必要があります。
パスワード漏えいで警戒すべき二次被害
確認された情報にはメールアドレスだけでなく、7,616,173人分のパスワードが含まれます。ただし、KDDIの初報は漏えいした可能性のあるパスワードについて、ハッシュ化または暗号化されたものも含むと説明しており、すべてが平文で保存されていた、あるいは直ちに不正ログインが成立したと読み替えることはできません。また、7月21日更新資料で「漏えいが確認された情報」として人数が示されたのはメールアドレスとパスワードで、メール本文や添付ファイルの漏えい確認について同資料に記載はありません。
それでも、メールアドレスと認証情報の組み合わせは二次攻撃への備えが必要です。同じパスワードを他のサービスでも使い回していれば、漏えいした組み合わせを別サービスに試すパスワードリスト攻撃につながるおそれがあります。IPAは、パスワードを長く複雑にし、使い回さないことに加え、利用できるサービスでは多要素認証を設定するよう推奨しています。
さらに、漏えいしたメールアドレスを宛先として、ISPやKDDIを装ったフィッシングメールが送られる可能性も考慮すべきです。ただし、これは将来のリスクに関する一般的な注意であり、本件を原因とするフィッシング被害や他サービスへの不正ログインが確認されたという意味ではありません。利用者への注意喚起では、確認済みの事実と想定されるリスクを混同しない表現が求められます。
企業が見直すべき4つの実務ポイント
外部依存と共通基盤の「影響半径」を把握する
最初に必要なのは、導入している製品やサービスの一覧だけではなく、それぞれがどのデータにアクセスでき、どの顧客、事業、関連会社へ影響し得るかを結び付けて把握することです。SaaSやマネージドサービスの契約先が別々でも、背後で同じ認証基盤やメール基盤を共有している可能性があります。重要度、外部公開の有無、保存データ、依存先、代替手段、停止・侵害時の連絡先を整理し、共通基盤の事故が起きた場合の影響半径を平時から想定しておく必要があります。
未知の脆弱性を前提に補完的統制を置く
脆弱性管理は不可欠ですが、パッチが存在しない期間をゼロにはできません。インターネットから直接到達できる機能を最小限にし、管理系機能を分離し、サービスアカウントを含む権限を必要最小限に抑えることが基本です。加えて、EDRやNDR、WAFなどを環境に応じて組み合わせ、通常と異なるプロセス実行、大量のデータ参照、想定外の外向き通信を検知できる状態を整えます。未知の脆弱性を直接検知できなくても、悪用後の挙動を捉えられれば滞在時間と被害範囲を縮小できます。
認証情報漏えい時の対応手順を事前に決める
認証情報が漏えいした場合、対象者の特定、パスワードの強制変更、既存セッションやトークンの失効、不審なログインの調査、利用者への通知、問い合わせ対応を並行して進める必要があります。パスワード使い回しへの注意やフィッシング対策も同時に案内し、多要素認証を利用できる環境では導入を促すことが有効です。通知文面、意思決定者、関係部署、委託先との連絡経路をインシデント対応計画に組み込んでおけば、大規模なリセットが必要になったときの混乱を減らせます。
休眠・解約済みアカウントをデータ管理の問題として扱う
初報の最大件数には、解約済み利用者や一定期間使われていない休眠利用者も含まれていました。使われていないアカウントは、利用者が異常に気付きにくい一方、管理対象と漏えい時の対応負荷を増やします。法令、契約、事業上の必要性を踏まえて保存期間を定め、不要になったアカウントの無効化やデータ削除、匿名化を進めることが重要です。保持が必要な場合も、現役アカウントと同じ到達性や権限を残さず、用途に応じた分離と監視を行うべきです。
対象サービスの利用者が確認すべきこと
対象となるメールサービスの利用者は、まず契約中のISP事業者が公開する最新情報を確認してください。パスワード変更の案内がある場合は、メール本文のリンクからではなく、ブックマークや公式サイトから手続きページへアクセスする方が安全です。メールと同じパスワードを他のサービスで使っている場合は、そちらもサービスごとに異なるパスワードへ変更し、提供されていれば多要素認証を有効にします。不審なログイン履歴、転送設定、送信履歴がないかも確認し、身に覚えのない操作があればISPの公式窓口へ相談してください。
よくある質問
▼ KDDIのauメールも今回の不正アクセスの対象ですかまとめ:未知の脆弱性と共通基盤のリスクを分けて考える
KDDIのISP事業者向けメールシステムへの不正アクセスは、12,231,954人分のメールアドレスと7,616,173人分のパスワードが漏えいした大規模インシデントです。しかし、注目すべきなのは件数だけではありません。ベンダーも把握していなかった脆弱性が悪用されたこと、一つの共通基盤を通じて複数のISPサービスへ影響が及んだこと、休眠・解約済み利用者を含む認証情報の対応が必要になったことが、企業の実務に直結する論点です。
既知の脆弱性に迅速に対処する体制を整えたうえで、未知の脆弱性を前提とする監視と分離、外部依存関係と影響半径の把握、認証情報漏えい時の対応手順、不要データの削減を進める必要があります。サプライチェーン攻撃という言葉を安易に当てはめるのではなく、確認された事実と、そこから導ける共通基盤・外部依存のリスクを切り分けて検討することが、再発防止策を具体化する第一歩となるでしょう。
【参考情報】
- 株式会社KDDIウェブコミュニケーションズ「当社メールサービスに対する不正アクセスの発生について」(2026年6月23日公表)(https://www.kddi-webcommunications.co.jp/info/5439/)
- 株式会社KDDIウェブコミュニケーションズ「ISP事業者向けメールシステムに対する不正アクセスについてのお詫びとご報告」(2026年7月6日公表、7月21日更新)(https://newsroom.kddi.com/news/assets/2026/kddi_nr_s-73_4619/kddi_nr_s-73_4619_pdf_01.pdf)
- NIST SP 800-161 Rev.1「Cybersecurity Supply Chain Risk Management Practices for Systems and Organizations」(https://csrc.nist.gov/pubs/sp/800/161/r1/upd1/final)
- 独立行政法人情報処理推進機構(IPA)「インターネットサービスへの不正ログインによる被害が増加中」(https://www.ipa.go.jp/security/anshin/attention/2025/mgdayori20250828.html)
- JCOM株式会社「(更新)当社メールサービスに対する不正アクセスの発生について」(2026年7月6日公表、7月21日更新)(https://newsreleases.jcom.co.jp/news/20260706_21698.html)
編集責任:木下
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