今回は、サイバー攻撃の変わり種、システムではなく人間の弱点に付け入る攻撃、ソーシャルエンジニアリングを紹介します。
まずソーシャルエンジニアリングの具体的な手法を挙げ、どのように人間の弱点が利用されるのかを説明し、日本で起こったソーシャルエンジニアリングによる被害実例を紹介します。
途中ちょっと寄り道をして、オレオレ詐欺はソーシャルエンジニアリングなのかどうかについて考えつつ、最後に具体的かつ実践的な対策方法と、逆効果となる、とある対策・管理方針について言及します。
ソーシャルエンジニアリングとは
ソーシャルエンジニアリングは、人の心理を巧みに操り、重要な情報を引き出す手法です。この手法を使った攻撃がソーシャルエンジニアリング攻撃で、攻撃者は情報収集やシステムへの不正アクセスなどを目的に、人を心理的に操作して、攻撃者にとって都合のいい行動を起こさせます。
認知能力、心理など「人間の脆弱性」を攻撃するソーシャルエンジニアリング
アメリカの非営利のセキュリティ研究団体MITRE社の説明によると、ソーシャルエンジニアリングとは、人心を巧みに操り、その弱みにつけこんで、悪意ある相手に利するような行動や情報を引き出すというものです。具体的な例を挙げると、技術的な手段によらずに、口頭による会話といった「社会的(ソーシャル)」な手段で、ID・パスワードなどの重要情報を、巧みなやり方で関係者から直接聞き出す行為などがソーシャルエンジニアリングです。大きくは、人間の認知能力のさまざまな弱点やスキにつけ込む手法全般のことだといえるでしょう。
脆弱性診断サービスを提供するBBSecとして「脆弱性」という観点で申し上げるなら、ソーシャルエンジニアリング攻撃は「システムやソフトウェアではなく人間の脆弱性を突く攻撃」と言うことができます。
ソーシャルエンジニアリングの手法
以下に典型的なソーシャルエンジニアリングの手法を挙げます。
・ショルダーハッキング
例)パスワード等をユーザの肩越しに覗き見る
・トラッシング(スカベンジング)
例)清掃員などに変装して標的組織に侵入し、書類やHDDなどのゴミや廃棄物をあさる
・なりすまし電話
例)システム担当者などになりすましてパスワードなどを聞き出す
・ベイティング
例)マルウェアを仕込んだUSBメモリを廊下に落とす
・フィッシング(ヴィッシング、スミッシング等 含む)
例)信頼できる存在になりすまし、ID・パスワード、クレジットカードなどの情報を入手する
・ビジネスメール詐欺
例)取引先などになりすまし、犯人の口座へ振込を行わせる
・標的型攻撃メール
例)ターゲットに対する入念な調査に基づいて作成した、完成度の高いなりすましメールを送る
たとえば「なりすまし電話」ですが、上記に挙げた例とは逆に、入社したばかりの何も知らない社員を装ってシステム担当者に架電し、やり方がわからないふりをするなどして徹底的にイライラさせて、思わずパスワードを口に出させるなどの方法も存在します。人間の認知能力のスキをつくソーシャルエンジニアリングには、実にさまざまな方法があるのです。
ソーシャルエンジニアリングの最大の特徴とは
人の脆弱性を突くソーシャルエンジニアリングの最大の特徴は、ターゲットを信頼させ、攻撃者に有益な情報の提供などを自発的に行わせてしまう点にあります。MITRE社の説明に「人を操る」とあった通り、権力や暴力を振りかざして重要情報を聞き出した場合、それは単なる脅迫であってソーシャルエンジニアリングではありません。
ターゲットの心を意のままに操作して、自発的に、ときに笑顔で協力させてしまう点にこそ、ソーシャルエンジニアリングを行う犯罪者の真骨頂があります。
ソーシャルエンジニアリングはどのように人間の弱点につけ込むのか
ソーシャルエンジニアリングは攻撃対象が信頼してしまう存在などになりすましてターゲットを信頼させ、心を開かせたり油断させることで行われます。
そのために攻撃者がしばしば目を付けるのが、「権威」に対する人間の弱さです。会社の取締役を装って電話をかける、得意客になりすましたビジネスメールを送る、大手金融機関や有名ブランドをかたったフィッシングメールを送る、などの手口に騙されるのが典型的なケースです。
なお、メールアカウントを乗っ取って旧知の取引先などになりすましたメールを送信することで拡散を図るEmotetは、フィッシングを行うマルウェアであり、ソーシャルエンジニアリングの一類型と言うことができます。
オレオレ詐欺はソーシャルエンジニアリングか
権威以外にも「義務感」「正義感」あるいは「好意」につけ込む方法もよく用いられます。多くの人は、困っている人に出会ったら「助けなければ」と感じます。助ける相手が親しい人物や好感を持てる人物であればなおさらです。
そこで思い浮かぶのがオレオレ詐欺ですが、ちなみに、この手の犯罪は、「ソーシャルエンジニアリング」なのでしょうか?
答えはNoです。ソーシャルエンジニアリングは、コンピュータセキュリティの文脈で使われる言葉であり、コンピュータやシステムへの不正アクセスを行うことを目的のひとつに含むという前提があります。そのため、オレオレ詐欺がソーシャルエンジニアリングと呼ばれることは一般にはほとんどありません。
ニューノーマル、テレワーク時代に気をつけたいソーシャルエンジニアリング
大きな環境変化の最中や直後などは、ソーシャルエンジニアリングの絶好の機会です。平時にはない緊張を強いられることで人々の不安やストレスが増し、感情的に動揺しやすくなるためといわれています。2020年、新型コロナウイルスの感染が一気に拡大した当初も、品薄状態だったマスクの配布をうたうメールやWebサイト、保健所からの連絡を装った攻撃などが複数確認されました。ニューノーマル時代、こうした攻撃に引き続き警戒が必要であることはいうまでもありません。
また、テレワークによって従業員どうしが切り離された就業環境においては、フィッシングメールや標的型攻撃メールの感染確率が上がると言われています。これは、オフィスにいたなら同僚や情報システム部門に「変なメールが届いた」と気軽に相談できていたことが、テレワークによって難しくなるからです。
日本で起こったソーシャルエンジニアリングの実例
2015年に発生した日本年金機構の情報漏えい事件は、「【医療費通知】」という件名の標的型攻撃メールが公開メールアドレスに届き、その添付ファイルを開いたことが発端であったとされています。
また、2017年に大手航空会社がビジネスメール詐欺で数億円をだましとられた事件も、2018年に仮想通貨取引所から暗号資産が流出した事件も、いずれもソーシャルエンジニアリングが攻撃のステップのひとつとして用いられています。
ソーシャルエンジニアリング対策・防止策
では、こうしたソーシャルエンジニアリングを防止する対策方法には、どのようなものがあるのでしょうか。
「ソーシャルエンジニアリングの手法」で挙げた攻撃に対しては、たとえばショルダーハッキングならプライバシーフィルターを利用する、ビジネスメール詐欺ならメールの指示をうのみにせず本人に電話をして確認するなど、さまざまな対策方法が存在します。また、近年攻撃者はSNSを活用してターゲットに関する情報を集めることが知られていますので、SNSの利用に組織としてルールを設けるなどの方法も有効です。研修や教育なども効果があります。
しかしその一方で、人間の脆弱性を突く攻撃を完全に防ぐことはできない、という観点に基づいた対策も、併せて必要になります。攻撃を防ぐ対策と同時に、攻撃が防げなかった場合(成功してしまった後)の対策も考える必要があるのです。BBSecはこの考えのもと、標的型攻撃リスク診断やペネトレーションテストなどのサービスを提供し、攻撃を受けることを前提としたセキュリティ対策に取り組む企業・組織の皆様をご支援しています。
企業が絶対にやってはいけないソーシャルエンジニアリング対策
ソーシャルエンジニアリングは人間の脆弱性を突く攻撃です。だからこそ、対策として絶対にやってはいけないことがあります。それは、騙された人を叱責する、何らかのペナルティを与える等の懲罰主義の管理です。
罰を受けるのを恐れることによって、事故が発生しても報告がなされず、それが、インシデントの発見の遅れを招き、組織にとっての致命傷を生むことがあります。あなたも私も、人間は皆、あやまちを犯す生き物なのです。あやまちを犯すことが覆い隠されてしまうような管理は、何の成果も上げられないでしょう。
まとめ
- ソーシャルエンジニアリングとは、人の心を操って重要情報等を聞き出したりすることです。
- ショルダーハッキング、フィッシング、ビジネスメール詐欺、標的型攻撃メールなど、さまざまな手法があります。
- ソーシャルエンジニアリングは、「権威」「義務」「好感」などに惑わされる人間の弱さをあらゆる手口で突いてきます。
- 環境が急激に変化する時は、ソーシャルエンジニアリングの付け入るスキが生まれます。ニューノーマルや急速なテレワーク化への対応を迫られる現在も、その例外ではありません。
- 懲罰主義による管理は、ソーシャルエンジニアリング対策として何の効果もなく、インシデント発生の対応が遅れる要因になります。
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